シャーロック・ホームズ、エルキュール・ポワロ、明智小五郎――ミステリと呼ばれるジャンルがこの世に誕生して以来、これまでに数々の探偵が生み出されてきました。
誰も彼もが個性的で非凡な人物ばかり。
そして今宵、新たな探偵が誕生します。
その探偵の名は、追月朔也。
先人に比べれば、はるかに平凡。ちょっと観察眼が鋭いかな? と思えるぐらいの高校生探偵。しかしこの探偵には、ほかの探偵にはない最強の武器があります。それは――なんと死んでも生き返る!?
殺されても時間が経てば復活するというどこぞの救世主もびっくりの特殊体質を持った探偵が、数々の事件を解決していく、それが本書『また殺されてしまったのですね、探偵様』です。
帯の推薦コメントを彩るのは、館シリーズなどを手掛けるあの綾辻行人先生!
奇抜な設定、そしてミステリー小説ということで、ミステリ好きの自分は迷わず購入を決意しました。
本書の作者はてにをは先生。イラストはりいちゅ先生。
素敵な絵ですね。リリテアの聖女のような微笑みがかわいい。
あらすじ
殺された。やっぱりまた殺された。
『また殺されてしまったのですね、探偵様』裏表紙
伝説の名探偵を父に持つ追月朔也は、半人前の高校生探偵。今日も依頼を受け、意気揚々と浮気調査や猫探しなど地味な仕事にいそしむが、なぜか行く先々で殺人事件に巻き込まれてしまう。しかも“被害者”は自分自身!? 特殊体質によって毎度生き返る朔也を膝枕で出迎えるのは優秀な助手リリテア。
「また殺されてしまったのですね、探偵様」「……らしいね」
探偵として、そして被害者として、朔也は文字通り命懸けで数々の難事件を解決していく――!
てにをは×りいちゅで贈る極上の本格ミステリ、開幕。
主な登場人物
- 追月朔也(おうつきさくや)……伝説の名探偵・追月断也の息子。死んでも生き返るという特殊体質を持つ。行く先々で事件に巻き込まれる
- リリテア……朔也の助手。有能。時折、口調がぶれる。朔也が殺されたときは彼を膝枕しながら生き返るのを見守る
- 漫呂木薫太(そぞろぎかおるた)……刑事。優秀らしいが出世はしていない
- 灰ヶ峰ゆりう(はいがみねゆりう)……若き女優。探偵役を演じるため、本物の探偵である朔也に弟子入りする。朔也のことを「師匠」と呼ぶ
感想
愉快なキャラが織り成す読みやすいミステリ
ライトなミステリ小説です。
登場人物たちはみなキャラが立っており、テンポよく交わされる会話は読んでいて何度もクスッと笑わせてもらいました。
普段は敬語で真面目なリリテアが、動揺したりうっかりタメ口になったりする様子がかわいらしい。癒されます。
朔也とリリテアの信頼関係にも注目です。
ただし、ライトノベルということで、事件の構造自体はそれほど複雑ではありません。
死んでも生き返るという特性を活かしたトリックは読み応えありますが、ミステリを読み慣れた方には少し物足りないかもしれません。
“最初の7人(セブン・オールドメン)”と称される7人の罪人や、懲役うん百年といった茶目っ気たっぷりな設定は、ラノベならでは。
ヒントはわりとわかりやすく提示されるので、謎解きはしやすかったです。グロテスクなシーンもありますが、軽い会話でうまく中和されている印象でした。
こちらを嫌な気分にさせるような極悪人が登場することもありません。
常時安心して読み進められて、非常にとっつきやすいミステリ小説だと言えます。ミステリを読んでみたいけど小難しいのは苦手、という方におすすめです。
本書は三つのお話が収録されており、連作短編形式がとられています。
以下、それぞれの内容と感想を簡単に綴っていきます。
クィーン・アイリィ号殺人事件
映画会社プロデューサーの浮気調査を依頼された朔也は、リリテアとともにクルーズ船クィーン・アイリィ号に乗船する。早速調査を開始する朔也だったが、船上で出会った女優・灰ヶ峰ゆりうから猫探しを手伝ってほしいと頼まれてしまう。倉庫に足を踏み入れた朔也だったが、そこで発見したのはなんと男の他殺体だった。
物語の記念すべき第一話を飾るのは船上ミステリーです。
浮気調査や逃げ出した猫探しという一見普通の調査ですが、その舞台となるのがクルーズ船というのはなかなか珍しいのではないでしょうか。
ミステリではお馴染みのダイイングメッセージも登場。
そして終盤のハリウッドを彷彿とさせる展開には誰もが驚くこと間違いなしです。ダイナミックすぎる。
朔也の探偵としての転機となる事件です。
クリムゾン・シアターの殺人
灰ヶ峰ゆりうが主演を務める映画の関係者試写会に招かれた朔也とリリテア。映画鑑賞を楽しんでいた最中、突如、スクリーンが真っ暗になってしまう。どうやら機材トラブルが発生したらしい。朔也は上映が再開されるのを待つが――
不謹慎ではありますが、予想外の被害者に思わず噴き出してしまいました。普通のミステリではありえない展開。斬新すぎる殺人事件です。
ほかの二作と比べてページ数が少なく、謎解き要素は薄め。
次の話の前フリ的なお話です。
クーロンズ・ホテルの殺人鬼
クーロンズ・ホテルを訪れた朔也とリリテアは、そこで映画の撮影スタッフと遭遇する。話を聞くと、脅迫状が届いたという。そんな中、大雨によりホテル周囲の道路が冠水。利用客はホテルに閉じ込められてしまう。さらに、映画クルーの一人が死体となって発見され――。二十年前に起きた殺人。壁に書かれた文章になぞらえて起こる見立て殺人事件。陸の孤島と化したホテル内で、朔也は連続殺人鬼を見つけることができるのか。
時系列としては、『クリムゾン・シアター』よりも前のお話。本章を『クリムゾン・シアター』よりもあとに持ってきたのは、話の内容的に一番トリに相応しいからだと思われます。
本章が最も謎解き要素が強い。
クローズドサークル、見立て殺人、犯人の仕掛けた偽装トリック。
簡単な見取図も用意されており、本格ミステリさながらの設定です。ちょっとシュールで笑える叙述トリックも。
個人的にはこの章が一番面白かったです。敵勢力の一端を垣間見ることができ、今後のさらなる戦いを予感させるお話でした。
ところで、本章で哀野泣(かなしのきゅう)という男が登場しますが、彼は背が高く、猫背の男と描写されています。そして、これと同じ描写がされている人物が、第一章『クィーン・アイリィ号殺人事件 』でも登場しています。朔也が猫を捜しているときに話しかけたスタッフです(58頁参照)。作中では明言されていませんが、おそらく同一人物ではないでしょうか。
最後に
探偵自身が被害者となり、犯人の手がかりを文字通り「命懸け」で手に入れるという奇抜な設定が面白かったです。朔也の特殊体質をうまく活用した仕掛けが新鮮。
命を大切にしながらも、自らの死をカードのひとつとして切れるあたり、朔也もなかなか豪胆なキャラクターです。
朔也とリリテアの甘々なやりとりも必見です。素直になりきれないリリテアが微笑ましい。
いずれ起こるであろう、“最初の7人”との対決にも期待が高まります。
次巻以降も楽しみな作品です。
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