今回紹介するのは、 隙名こと氏の『「私が笑ったら、死にますから」と、水品さんは言ったんだ。』です。
「笑ったら死ぬのはなぜ?」というところが気になって、購入を決めました。
クラスでも目立たず友達のいない男子高校生・駒田に、となりの席のクールな美少女、水品さんが、ひそかに声をかけてきた。「15分で1万円のバイトに興味はありませんか?」水品さんが決して笑わない理由と、怪しい仕事の真の目的は…?傷ついた過去やトラウマを持つ二人が出会い、ある仕事を経て次第に立ち直っていく、ミステリータッチの優しい青春ストーリー。第7回ポプラ社小説新人賞“特別賞”受賞作!
「BOOK」データベースより
平凡な少年が美少女と出会い、やがて奇妙な出来事に巻き込まれていく――大枠としてはよくある王道ストーリー。堅苦しくない文体とも相まって、ライトノベルふうな印象を受ける作品です。硬派な文章が好きな方には合わないかもしれません。逆に言うと、とっつきやすいので、気軽に読むことができます。
意表を衝いたプロローグから始まり、全体的にライトタッチな明るい雰囲気で物語が進んでいく本作。しかし、根底にあるテーマはそれとは裏腹に、なかなか重いものです。
現代の抱える闇に、主人公たちが傷を負いながらも向き合おうとする姿は格好良く、胸がすっとする思いでした。
ちなみに、青春ミステリと銘打ってはありますが、ミステリ要素はおまけ程度です。
あらすじ
主人公は、父親を不運な事故で亡くした少年、駒田悟理。
彼はある日、クラスメイトの水品美月から、奇妙なバイトを紹介されます。登校を滅多にしない病弱美少女の彼女が提示したのは、たった15分で一万円がもらえるという怪しさ満点のバイト。悩む駒田でしたが、葛藤の末、これを引き受けます。
初めての仕事内容は、漫画雑誌を読みながらとある電車のとある座席に座り、横にやって来る男性の痴漢のえじきになれ、というとんでもないもの。そんな指示を平然と送ってくる水品さんのことが気になり、好奇心を抑えきれなくなった駒田は、結局この依頼を実行することにします。
びくびくしながら相手の男を待つ駒田の隣に、やがて一人の男がやってきます。そして――。
一筋縄ではいかないバイトの数々。
予想もしない展開の数々に翻弄される駒田に、水品さんが言います。
「……でしょうね。私が笑ったら、死にますから」
不可思議なバイトを通じて、やがて日常に潜む悪意が明らかになっていきます。
世の中にはびこる自覚のない悪意
自覚のない悪意は、いまの世の中にあふれかえっています。
街角で誰かが怪我をしても、その人を助けようとはせず、それどころかスマホで動画を撮影して楽しむ。
他人の身に起きた不幸な出来事を、まるで娯楽のネタの一つとして扱い、平気で笑う。
よくミステリ小説で目にする、被害者遺族がおもしろおかしく執拗に顔を晒されて生活が崩壊する、というのも、これと似たパターンですね。
他人の不幸は蜜の味、とはよくいったものです。
そういった人たちは、自分とは関係のない人だからこそ、平然とそういう行動をとることができるのでしょう。
もし、不幸になっているのが自分の大切な人だとしたら、きっと彼らだってそんな軽率な行動はとらないはずです。むしろ、これまでの自分のことは棚に上げて、不幸を笑う人々を非難するかもしれません。
インターネットが張り巡らされた現代では、情報があっという間に拡散されていきます。そうして遠く離れた、まったく関係なかった人たちが、他人の不幸で盛り上がるようになります。
もし、他人の不幸を笑った人々が全員同じ目に遭うような環境だったとしたら、そういったこともなくなるのかもしれませんが、それは非現実的すぎますね。
本書で描かれる悪意と、私たちは無関係ではいられません。
社会で生きている限り、どこかしらで、他人が不幸に陥ってしまう場面を目にする機会があるはずです。ニュース、SNS、媒体は様々です。
そのときに、自分がどう行動するのか。
安易に他人事と割り切って娯楽として消費しようとしてしまうのか、それとも、自分が同じ立場だったらどうだろうと一歩立ち止まって考えるのか。
そこが、わかれ目だと思います。
自分の何気ない言動が、他人にとっては致命傷になりかねない。
そのことを、私たちひとりひとりが肝に銘じておくことが必要になってくるのだと思いました。
最後に
自分も過去に嫌な思いをしたからこそ、他人を助けることができる。そんな思いで水品さんを助けようとする駒田の姿は、とても格好良く感じられました。
彼にはこれからも、まっすぐな人でいてほしいと思います。
難しいテーマを扱った作品ですが、主人公たちの強さに救われるお話です。
いろいろと考えさせられる内容となっていますので、ぜひ一度読んでみてください。
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