その男は、自分の基準にそぐわない人間を殺しては新たな土地で新たな人生を歩み始める「リセット」を繰り返していた。まるでデジタル機器を初期化するように――。
『デジタルリセット』は、第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈読者賞〉受賞作品。
著者は秋津朗先生。
データの端数を切り捨てるがごとく、人間関係を数値化して評価し、ほんの少しでも自分の基準から逸脱したら容赦なく殺す。そんな常軌を逸したシリアルキラーが登場する作品です。
人間の狂気に焦点を当てたサイコホラーであり、怪奇現象の類は登場しません。
- 出版社:株式会社KADOKAWA
- レーベル:角川ホラー文庫
- 刊行月:2021年12月
あらすじ
許すのは5回まで。次は即リセット――。理想の環境を求めるその男は、自らの基準にそぐわない人間や動物を殺しては、別の土地で新たな人生を始める「リセット」を繰り返していた。一方、フリープログラマーの相川譲治は、シングルマザーの姉親子の失踪に気付く。姉と同居していたはずの男の行方を追うが……。デジタル社会に警鐘を鳴らすシリアルキラーが誕生!第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈読者賞〉受賞作。
『デジタルリセット』裏表紙
主な登場人物
- 川島孝之(かわしまたかし)……不動産会社勤務。元プログラマー。会社の業務をデジタルシステム化し、社長からの信頼も厚い。
- 正木由香(まさきゆか)……川島と同じ会社に勤務。交通機動隊の兄に鍛えられ、抜群の運動神経とずば抜けたドライブテクニックを持つ。川島に好意を寄せている。
- 相川譲治(あいかわじょうじ)……フリープログラマー。とある理由から前に勤めていた大手電機メーカーを退職した。その後は沖山の仕事を手伝っている。
- 沖山(おきやま)……ITベンチャー企業を経営すると同時に非合法な信用調査も請け負っている。
感想
すぐ隣に潜む殺人鬼
名を変え、顔を変え、狙いを定めた家に入り込み新たな居場所を作る男。
偽の身分証を用意するだけにはとどまらず、男を知る周りの人間をも消去し、デジタルとアナログの両面からリセットを繰り返します。
犯人も動機も犯行の手口も早い段階で明らかになるにも関わらず、先の展開が気になり一気読みしました。
機械の如く淡々とまわりの人たちを処理していく男ですが、なにより恐ろしいのは、普段は何食わぬ顔をして普通の日常生活を送っていることです。
結婚した相手が、あるいは隣に座る同僚が、まさかリセットのためだけに殺人を繰り返す怪物だとは誰も想像できないでしょう。
もし家族や同僚の中にシリアルキラーが息を潜めているかと思うと……。
男の正体を知らない周囲の人たちが、なにかの拍子に男の秘密に触れそうになるたび、次はこの人が殺されてしまうのではないかと不安が広がり、本を持つ手に力が入りました。
読者として男の正体を知っているからこそ、不用心な登場人物たちの行動にやきもきし、それ以上踏み込んではいけないのに、という歯がゆさをおぼえます。
本書は角川ホラー文庫からの出版ですが、ミステリ小説をよく読み、猟奇的な事件や凄惨な場面の描写への耐性がある方はそこまで恐怖をおぼえないかもしれません。
サスペンス要素の強い、ハラハラドキドキ感を味わうことのできる作品でした。
デジタル的に人間を評価することの是非
作中では、企業における社員の評価をデジタル的に行うデジタル考課というものが登場します。
デジタル考課とは、提案回数や会議における発言回数などをカウントし、デジタル的に社員の評価をするシステムのこと。
機械が評価を行うので評価者の感情や恣意性を一切合切排除することができるというメリットがある一方、運用次第では提案内容などの質がないがしろにされ、表面的な判断しかできないなどのデメリットがあります。
本書に登場するシリアルキラーは、まさにこのデジタル考課を盲目的に信じる極端な例と言ってもいいでしょう。
基準値よりマイナスを超えたら、相手と話し合うことも改善を模索することも一切せず、容赦なく切り捨てる。数値を過信し、数値だけを見て結論を下す恐ろしさをひしひしと感じました。
人間同士の評価も難しいが、AIなどによるデジタル評価も完全なものではないのだと考えさせられます。
どれだけデジタル化が進もうとも、アナログ的な部分を切り捨ててはならない。ひとつ間違えれば、本書のシリアルキラーのような怪物が生まれてしまうかもしれない。
まさに、今日のデジタル社会に警鐘を鳴らす物語でした。
デジタル化の流れは効率化を追求する技術の発達に伴う当然の帰結だ。しかし、世の中には効率化が必要な場合と、必要のない場合があることを知っておかなくてはならない
『デジタルリセット』240ページ
ラストはどんでん返し?
夢中になって読み進めましたが、ラストの展開は少し唐突な印象を受けました。てっきり、譲治や沖山が己のスキルを駆使して怪物を追い詰めるのかと思っていたので、肩透かしを喰らった気分です。
衝撃的などんでん返しととるか、後出しととるかどうかは、判断がわかれるところかと。
怪物は僕たちの想像以上に日常に深く根を張っているんですよ、ということを表現したかったのかもしれませんが、自分にはちょっと合いませんでした。
作中では言及がありませんでしたが、笹本を殺したのは、同居していた女性だと思われます。
最初は、高見と名乗っていた男が口封じのために殺したと思っていましたが、笹本と同居していた女も男と同様リセットを繰り返していたとなると、女が殺したとみるほうが妥当でしょう。
最後に
現役のソフトウェア会社勤務の方が書いているだけあって、デジタル関係の描写が非常に上手でした。デジタル考課への懸念も、なるほどと唸らされます。
シリアルキラーとの決着のつき方は人によって賛否がわかれそうですが、デジタルとアナログの両面からシリアルキラーに迫っていく過程は、読んでいてほどよい緊張感を味わうことができました。
冴えない見た目とは裏腹に芯を持った譲治や、クセが強いものの頼れる仕事仲間の沖山、そして行動力あふれる由香など、登場人物たちも魅力的。
作者の秋津先生の中では、すでに次の作品のアイデアが生まれているとのこと。
次作はどんなアプローチで仕掛けてくるのか、楽しみです。
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