『楽園とは探偵の不在なり』斜線堂有紀(著)感想

書評

突如、天使が降臨した世界。殺したのが一人であるならば見逃されるが、二人殺せば地獄行きになるという、新たな法則に縛られた世界で起こる連続殺人。

特殊設定を活かした斜線堂有紀先生の描く本格ミステリ小説です!

閉ざされた孤島、館で起こるありえない連続殺人、そして空を舞う異形の天使たち――。

あらすじを読んだ時点でもう期待度マックスでした。閉ざされた館での殺人という本格ミステリの王道をいきながら、天使という異界の存在が物語を不気味に彩ります。

館の見取り図までついていて本格的。

不吉なことが起こりそうなおどろおどろしい表紙もいいですね。

作品情報
  • 出版社:早川書房
  • 発売日:2020年8月20日
  • 著者:斜線堂有紀

なお、初版の275頁に人物名の誤植があります。

出版元の早川書房公式ホームページに訂正箇所が記載されていますが、該当箇所は解決編にあたるので、そこまで読み終えた方のみ確認することをおすすめします。

あらすじ

二人以上殺した者は〝天使〟によって即座に地獄に引き摺り込まれるようになった世界。
細々と探偵業を営む青岸焦は「天国は存在するか知りたくないか」という大富豪・常木王凱に誘われ、天使が集まる常世島を訪れる。そこで青岸を待っていたのは、起きるはずのない連続殺人事件だった。かつて無慈悲な喪失を経験した青岸は、過去にとらわれつつ調査を始めるが、そんな彼を嘲笑うかのように事件は続く。犯人はなぜ、そしてどのように地獄に落ちずに殺人を続けているのか。
最注目の新鋭による、孤島×館の本格ミステリ。

『楽園とは探偵の不在なり』カバー

主な登場人物

  • 青岸焦(あおぎしこがれ)……探偵
  • 常木王凱(つねきおうがい)……常世島に住む大富豪
  • 政崎來久(まさざきくるひさ)……政治家
  • 天澤斉(あまざわただし)……天国研究家
  • 報島司(ほうじまつかさ)……記者
  • 争場雪杉(そうばゆきすぎ)……実業家
  • 宇和島彼方(うわじまかなた)……常木の主治医
  • 伏見弐子(ふしみにこ)……記者
  • 倉早千寿紗(くらはやちずさ)……館のメイド
  • 大槻徹(おおつきとおる)……館の料理人
  • 小間井稔(こまいのぼる)……館の使用人

感想

天使が降臨した世界で起こる不可能犯罪の謎

めちゃくちゃ濃度の濃いミステリ小説でした。

とにかくまず世界観が斬新。

世界を変えてしまった天使ですが、その出立ちも独特。天使というよりは化け物と呼んで差し支えない姿をしています。二人以上殺した人間を地獄に引き摺り込む様子からも、神々しさはまったく感じられずとにかく不気味な存在です。

そんな天使降臨により連続殺人が物理的に行えなくなった世界。二人目を殺した時点で、犯人は地獄に連れ去られてしまいます。

単発の事件や大勢を巻き込んだ自爆テロのような事件はその数を増しますが、少なくとも間を置いて二人以上の人間を殺すことはできなくなりました。

ところが、探偵・青岸が訪れた常世島では、起こるはずのない連続殺人が起こってしまいます。

一人目が殺された時点で、本来なら次の殺人は起こり得ません。登場人物たちも、二度目の殺人は起こることはない、とクローズドサークルにいながらにして安心するという普通ならありえない考え方をします。

しかし、そんな期待も虚しく、第二、第三の殺人が――。

二人殺せば地獄行きの世界で、犯人はどのような手段を用いて殺人を続けているのか。

通常の犯人探しに加え、本書では天使のルールを欺く方法を推理するという楽しみが用意されています。

大胆な設定でありながら破綻させることなくまとめあげられており、控えめに言ってすごい。

天使や地獄が登場するからといって、犯人のとった手段まで超常的なわけではありません。推理に必要な手がかりはきちんと提示されており、頑張れば真相に辿り着けるようになっています。

それにしても、いったいどうやったらこんな設定を思いつくんだろう。斜線堂先生の頭の中をのぞいてみたい。

常世島に船が訪れず、青岸たちが閉じ込められる理由も斜め上方向に突き抜けていて新鮮でした。クローズドサークルなんてテクノロジーの発展した今のご時世廃れてきているかと思いきや、まさかこんな方法で作り出すとは。

とても読み応えのあるミステリ小説でした。綿密に練り上げられた犯罪計画と、それに立ち向かう探偵・青岸の頭脳戦には目を瞠るものがあります。

時間を置いてまた読み直したい。

正義の味方

この物語で繰り返し語られるのが、“正義”です。

天使が降臨したにもかかわらず、一向に止まらない悲劇の数々。

一人だけ殺しても地獄行きにならないのは赦されているからだとわけのわからない理論をかかげる者や、どうせ地獄に落ちるなら大勢の人を巻き込んでしまえと狂った思考に至る者が現れる始末。

さらに天使による殺人判定は、そこに殺意があったかどうかは問いません。毒物だと知らずに渡した相手が死ねば、それは殺人として認定されてしまいます。無知だったゆえに、無垢な人が地獄に引き摺り込まれてしまうというケースも。

神が遣わしたにしてはあまりにアンバランスな天使たちにより定められたルール。

そんな世界に希望を失い、青岸は己の探偵稼業に疑問を抱いてしまいます。

一人殺しただけなら裁かれないのはなぜか。

地獄はことあるごとに見せつけてくるのに、なぜ天国の存在を見せてくれないのか。

殺意の裁かれない悪人がいる中で、善人が殺されなければならないのはどうしてか。

物語の合間に青岸の過去が語られるシーンは、結末が予想できてしまうからこそ読んでいて胸が苦しくなりました。探偵として活躍していた当時といまの環境の落差がつらい。彼が感じたであろう喪失感がひしひしと伝わってきます。

そんな青岸が、多くの人の助けを借り、常世島の事件に向き合うことで過去に向き合っていく過程は、胸が熱くなりました。

天使の出現により探偵としての意義が揺らぎ始める中、探偵とは人を幸せにする役割を持つものだと言った仲間の言葉が忘れられません。

特殊な設定をミステリに絡めるだけではなく、そんな世界で生きる人々の価値観や思考にも与える描写が緻密に描かれていて非常に面白かったです。

最後に

次々事件が起こり続々と新たな事実が判明していくので、どんどん先が気になりました。文章も読みやすい。

本書は特殊設定のミステリ小説であるだけではなく、変貌した世界で生きる人々の苦悩に焦点を当てた物語でもあります。

斜線堂先生の著作は『楽園は探偵の不在なり』が初めてでしたが、ぜひほかの作品も読んでみたいと思いました。


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