あらすじ
どんな紙でも見分けられる男・渡部が営む紙鑑定事務所。
本書カバーより
ある日そこに「紙鑑定」を「神探偵」と勘違いした女性が、彼氏の浮気調査をしてほしいと訪ねてくる。手がかりはプラモデルの写真一枚だけ。ダメ元で調査を始めた渡部は、伝説のプラモデル造形家・土生井と出会い、意外な真相にたどり着く。さらに翌々日、行方不明の妹を捜す女性が、妹の部屋にあったジオラマを持って渡部を訪ねてくる。土生井とともに調査を始めた渡部は、それが恐ろしい大量殺人計画を示唆していることを知り――。
世にも珍しいバディ――紙鑑定士とプロモデラー
ほかに類を見ない探偵たち
本書はまずなによりも、キャラクターの職業が面白い。
二人の人間が協力して事件を解決していくバディものはこれまでに何作も読みましたが、紙鑑定士とプロモデラーのコンビには初めてお目にかかりました。
職業だけで、かなりのオリジナリティが出ています。
それに加えて、紙とプラモデル――それぞれの知識が事件と絡み合い、非常に読み手を楽しませてくれます。
主人公である渡部圭は、紙鑑定士です。
彼は、どんな紙でも見て触っただけでたちどころにどこのメーカーの紙なのかを当ててしまうというスキルを持ちます。すごい、さすがはプロ。こんなのまねできるわけがありません。
そしてそんな彼とタッグを組むのは、プロモデラーである土生井昇。
彼はかつて“伝説のモデラ―”とまで呼ばれていましたが、ある理由から現在は業界から干されてしまっている人物です。
こちらもなかなか個性的。
彼の家は、ゴミ屋敷さながらの様相をなしており、プラモデルや関連書籍で部屋が埋め尽くされています。
自分はモデラーの実態を詳しく知らないため、モデラ―と呼ばれる人がみんなこのような生態をしているのかはわかりません。ただ、なんとなくいそうだな、と思ってしまう妙なリアリティがありました。
御晩で御座います
ほかにも、メールのみで登場する野上なる人物もなかなかユニークです。
とにかく文章が堅苦しい。
なにしろメールの出たしが「御晩で御座います」で始まります。
なんだよ、御晩って。
そんな言葉使う人いるのか!? これがこの業界では普通なのか!? と思わずツッコミ。
調べて見ると、「御晩」とは北海道や東北などで主に使われる夜の挨拶らしい。ふーん。ってことは、この野上って人は東北のほうの出身なのかもしれない。
その後も「然し乍ら」「存じ上げて居無い」と漢字だらけの難解な文が続きます。
生身の野上が登場することはありませんが、これはこれで強烈な印象を残していきました。
もし、本作がシリーズ化したら、いずれ本人が登場するのだろうか? だとしたらそれはそれで楽しみです。
随所にちりばめられた蘊蓄
本作のもう一つの特徴は、随所で登場する紙とプラモデルの蘊蓄です。
とにかく量も質もすごい。
専門用語が飛び交い、戸惑う部分もありますが、へえ、と思わず膝を何度も打ちました。
ジオラマの樹木に本物の葉っぱを使うことがあるとか、艦船模型の張り線に人の髪の毛を使うことがあるとか……
人の髪の毛!? って目が点になりました。そんなものまで使われるなんて、びっくりですよね。
自分は最近、同人誌を初めて作ることになったので、紙の種類のことにもちらっと触れる機会がありました。けれども、この本を読むと、自分が見たのはほんの氷山の一角に過ぎなかったことを思い知らされました。
ジオラマから明らかになる恐るべき犯罪計画
本作のミステリ部分と言えば、ずばり、「ジオラマに隠された意図」「なぜジオラマを送ってきたのか」という点です。
一見、なんの変哲もないジオラマから、事件の背景を読み解いていく過程は読みごたえがあります。そんなところに着眼点が! と何度も驚かされました
一気に読んでしまいましたが、気になる点もいくつかあります。
警察との会話がふわっとした印象を受けたし(実際に刑事さんのお世話になったことはないので、あくまでこれまで読んだミステリ小説と比べてだけど)、後半に登場する助っ人の、なんでもできる感がちょっとご都合主義っぽく感じてしまいました。
電子書籍には真似できない本の仕掛け
内容とは関係ありませんが、紙鑑定士にちなみ、単行本の本書は非常に凝った作りをしています。
なんと、数十ページごとに紙の材質が変わるのです。
しゃれた面白い仕掛けだと思いました。
つるつるしているもの、ざらざらしているもの。
見た目や手触りの違いがはっきりとわかります。
電子書籍では絶対にできない仕掛けです。
まさに紙の本の真骨頂を見た気がします。
やはり、なんでもかんでも電子化すればいいというわけでもない。
紙の本も電子書籍も、一長一短。どちらも素晴らしい。
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