八目迷先生の3作品目の小説です。
裏のあらすじを読んで、迷わず衝動買いしました。
読書の醍醐味の一つは、自分が目にしたことのない世界に触れられることができるところだと思います。
そういった意味で、本書は非常に稀有な経験をさせてくれる作品です。
あらすじ
冴えない高校生・紙木咲馬には、完璧な幼馴染がいた。槻ノ木汐――美少年的なルックスを誇る彼は、スポーツ万能かつ成績優秀。人望に恵まれ、特に女子からの人気が高い。かつて親友同士だった咲馬と汐だが、高校生になってからは疎遠な関係に。汐への劣等感から、咲馬は性格をこじらせていた。そんな彼も恋をする。相手はクラスの愛されキャラ・星原夏希。彼女と小説の話で意気投合した咲馬は胸を高鳴らせた。だが、その日の夜、彼は公園で信じられないものを目にする。それはセーラー服を着て泣きじゃくる、槻ノ木汐の姿だった。
『ミモザの告白』
主な登場人物
- 紙木咲馬(かみきさくま)……主人公。槻ノ木汐の幼馴染だが、完璧な汐に劣等感を抱き距離を置く
- 槻ノ木汐(つきのきうしお)……絵に描いたようなクラスの人気者。ある日、女子としてやっていくとクラスメイトの前で宣言する
- 星原夏希(ほしはらなつき)……クラスの愛されキャラ。汐の宣言後も、汐と仲良くしようとする
- 西園アリサ(にしぞのありさ)……傲岸不遜なクラスの女王様。辛辣。汐の宣言を快く思わない
感想
ライトノベルだけどぜんぜんライトじゃない物語
本書のキーパーソンは、非常に整ったルックスを誇る男子生徒でありながら、男であることに違和感をおぼえている槻ノ木汐です。
汐はある日のホームルームで、これから自分は女子として生活していくとクラスメイトたちに宣言します。
突然の告白に騒然とするクラス。
どう言葉をかければいいのか。どのような態度で触れればいいのか。
困惑する者、嘲笑う者、中には明確に否定の言葉を放つ者も。
主人公の紙木咲馬や、クラスメイトの星原夏希、西園アリサたちは、汐の告白により変化をよぎなくされます。
心と身体の性が一致しないことをクラスメイトに打ち明けた高校生が、環境の変化にどう対応していくのか。そして、その告白を受けた幼馴染、クラスメイト、家族はいったいなにを思うのか。
汐と彼を取り巻く人々の心境の変化が、とても丁寧に描写されています。
誰にとっての普通か
クラスの女子、西園アリサのセリフに印象的なものがあります。
「その普通が私らにとって迷惑だっつってんの」
『ミモザの告白』185頁
学校は閉鎖的な空間です。クラスわけによって決まった教室は、1年間変わることがほぼありません。自分と馬があわないクラスメイトがいても、別のクラスに移ることは無理でしょう。
1年という長い期間をともに過ごすクラスメイトの中に、もしも自分の理解を超える存在がいたとしたら――。我慢してやり過ごすのは、きっと難しいことだと思います。
一方で、ほかのクラスメイトの心の平穏のために、自分自身の性別を偽るという大きな負担を強いられる側もたまったものではないでしょう。
男として生きている僕が、女として生きろと言われても土台無理な話です。その無理な生き方を汐はこれまで懸命にこなしてきたのだと思うと、本来の性で生きることを許さない周囲の感情が歪なものに思えて仕方ありませんでした。
ただそれは、あくまで自分とは無関係の世界の出来事だからそう言えるだけなのかもしれません。
西園が汐の生き方を否定し、普通になれと声を大にして言えるのは、心のどこかで自分は多数派で、自分の意見に多くの人が同調してくれるという安心感があるからではないでしょうか。
結局人は、自分の心の平穏を崩されることを嫌うがゆえに、理解を超えるものを拒絶しようとするんだと思います。
ただしその拒絶は、そっくりそのままブーメランとして自分に戻ってきます。
汐の側からすれば、多数派が押しつけてくる普通のほうが迷惑でしょう。
見逃せないキャラクターはほかにも登場します。世良慈という異質な転校生です。
世良は主人公の咲馬に、大きな影響を与える人物となります。彼もまた、大多数の人が考えるであろう普通から離れた行動をとる人物です。
世良のセリフの中で印象に残っているものを一つ紹介します。
「君が理解できないからって、僕を非難するのはやめてほしいな」
『ミモザの告白』280頁
最後に
多数派の思う“普通”から外れることで降りかかる困難と、多数派の思う“普通”に無理矢理迎合することで生まれる息苦しさ、いったいどちらがつらいのでしょうか。
本書は、これまでちゃんと向き合ってこなかった問題を見つめるきっかけとなりました。
性自認という難しいテーマを描き切った意欲作であり、読み応え十分な作品です!
八目迷先生のデビュー作『夏へのトンネル、さよならの出口』もおすすめです。
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