本書は、第6回角川文庫キャラクター小説大賞<奨励賞>受賞作品です。
作者は春間タツキ先生。
魔法あり精霊ありのファンタジー世界で、帝位継承にまつわる陰謀に巻き込まれる――そんなあらすじを目にした瞬間、すぐ書店にダッシュして購入してきました。
六七質先生の描くカバーイラストも素敵! 幻想的な世界観が見事に表現されています。
謎解き要素も含まれているので、ファンタジー好きな方だけでなく、ミステリ好きな方でも楽しめる一冊です。
あらすじ
霊が視える少女ヴィクトリアは、平和を司る<アウレスタ神殿>の聖女のひとり。しかし能力を疑われ、追放を言い渡される。そんな彼女の前に現れたのは、辺境の騎士アドラス。「俺が“皇子ではない”ことを君の力で証明してほしい」2人はアドラスの故郷へ向かい、出生の秘密を調べ始めるが、それは陰謀の絡む帝位継承争いの幕開けだった。皇帝妃が遺した手紙、20年前に殺された皇子――王宮の謎を聖女が解き明かすファンタジー!
『聖女ヴィクトリアの考察 アウレスタ神殿物語』
主な登場人物
- ヴィクトリア・マルカム……アウレスタ神殿第八聖女。霊を視る力を持つが、聖女に任命されて以降目立った功績を残せず、聖女として不適合の烙印を押されてしまう
- アドラス・グレイン……エデルハイト帝国グレイン子爵に仕える騎士。亡き母の遺品から、自身が皇族の血筋である可能性が浮上。帝位継承権をめぐる陰謀に巻き込まれる
- リコ……アドラスに使える従者の少年。主とは阿吽の呼吸を見せる
- オルタナ……アウレスタ神殿主席聖女。ヴィクトリアの聖女位剥奪を画策する
感想
追放から始まる物語
主人公であるヴィクトリアは、アウレスタ神殿の頂点に君臨する八人の聖女のうちの一人。真実を見抜く目を持つ者として、前主席聖女の推薦を受けて第八聖女の座につきました。
彼女の持つ力は、死者の霊魂や魔力現象を視認できるというもの。
ただそれだけです。
戦えない、癒しの力もない、おまけに魔力がないから一般的な魔術も使えない。
ただ視えるだけのヴィクトリアは、目立った功績を残していないことを理由に不当な手段で聖女の役についたのだと言いがかりをつけられ、聖女位剥奪の憂き目にあってしまいます。
そんなヴィクトリアの窮地を救うのが、騎士アドラスです。
アドラスは、霊が視えるというヴィクトリアの力で自分の出自を明らかにしてほしいと、ヴィクトリアに頼みこみます。
利害が一致する二人。
脱出に無事成功したヴィクトリアたちは、従者リコを加え、アドラスの出自にまつわる謎を解明していくこととなります。
第十位帝位継承者の皇子が亡くなったとされる二十年前、王宮内でいったいになにが起こったのか――。
ヴィクトリアの聖女位剥奪を行い、前主席聖女派の力を削ごうと画策する主席聖女。
情も倫理も捨て、己の野望のためアドラスを排除しようと目論む敵の首魁。
アドラスを担ぎ上げ、中央への反乱を企てる東部地域の帝国貴族たち。
一癖も二癖もあるキャラクターたちの思惑が交錯し展開する物語に、ハラハラドキドキが止まりません。
巨大な陰謀に挑む危険な旅路
帝位継承権を持つ子どもは、生まれた順に十人まで。
ゆえに、新たな帝位継承権保持者の登場は、王宮の勢力図を一変させるに十分な脅威となり得ます。
そんな背景から、アドラスは常に敵対陣営から命を狙われるように。
一方のヴィクトリアも神殿から逃亡した身であるため、いつ追ってが差し向けられてもおかしくありません。
王宮と神殿、二つの勢力の存在が見え隠れする緊迫した状況で進む真相究明の旅。
どう考えても一筋縄ではいきませんね。
神殿を脱出したヴィクトリアは無事に逃げおおせることができるのか。
暗殺を目論む敵からアドラスは生き残ることができるのか。
誰が味方で誰が敵なのか。
そんな先の読めない展開が、先を知りたいという欲求に繋がり、どんどん物語に没頭していきました。
息をもつかせぬ怒涛の展開。次々に降りかかる試練。そして、ヴィクトリアの鋭い慧眼から導き出される真実。
どうやって敵の謀略を白日の元にさらし窮地を脱するのかずっと気になっていましたが、まさかあんな方法があるなんて……いくつもの伏線が回収され、すべてがひっくり返るシーンは見事としか言いようがありません。
敵をバッサバッサ薙ぎ倒すアドラスもかっこいいですが、力任せではなく論理的に解決してみせたヴィクトリアの手腕にも惚れ惚れしました。
まさに“物見の聖女”です。
真実が救済になるとは限らない。だが偽りで塗り固めた先には必ず綻びが生じる。
新たな波乱を予感させる終章。ヴィクトリアとアドラスとの関係もあわせて、先が気になります。
印象に残った文
人々が求めているのは、〝己にとって都合のいい結果〟だ。真実など、誰も求めてなどいないのだよ
『聖女ヴィクトリアの考察 アウレスタ神殿物語』 232頁
視点を変えれば見え方も変わる。だから一つの解釈に満足するな。視えているものが本当にその通りなのか、よく考えるんだよ
『聖女ヴィクトリアの考察 アウレスタ神殿物語』 258頁
真実は正義でも救済でもありません。
『聖女ヴィクトリアの考察 アウレスタ神殿物語』 292頁
最後に
読み応え十分なファンタジー小説でした。
世界観もさることながら、巧妙に張り巡らされた陰謀に立ち向かう手に汗握る展開にすっかり引き込まれ、読むのを途中でやめられませんでした。
惜しむらくは、ヴィクトリアの持つ霊が視えるという能力が後半以降あまり発揮されなかったことでしょうか。
とはいえ、客観的事実を積み重ねて真実を炙り出す展開も、ミステリ的でとても面白かったです。
ヴィクトリアたちのさらなる活躍が待ち遠しい。
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