『闇祓』辻村深月(著)感想

書評

この人、話が通じない。そう思った経験はありませんか?

突然SNSで意味不明のメッセージを送ってくる人、無遠慮にデリカシーのない質問を次々とぶつけてくる人。

説得しようとしても、こちらの意見にはまるで耳をかさず、自分の考えを押し付けてくる。

この人とは決してわかり合えない。そんな相手と、もし出会ってしまったら――。

見えない悪意がじわじわと広がり、少しずつ日常が侵食されていく。どこかおかしいと感じたときには、もう逃げられない。

辻村深月つじむらみづき先生が放つ、初の本格ホラーミステリ長編。

誰もが経験するかもしれない日常に潜む悪意を描いた作品です。

あらすじ

「うちのクラスの転校生は何かがおかしい――」
クラスになじめない転校生・要に、親切に接する委員長・澪。しかし、そんな彼女に要は不審な態度で迫る。唐突に、「今日、家に行っていい?」と尋ねたり、家の周りに出没したり……。ヤバい行動を繰り返す要に恐怖を覚えた澪は憧れの先輩・神原に助けを求めるが――。身近にある名前を持たない悪意が増殖し、迫ってくる。一気読みエンタテイメント!

『闇祓』単行本帯

感想

闇ハラスメントの恐怖

闇ハラスメント。自分の意思や思考を相手に無理やり押し付け、不快な気分にさせる言動。

本書の登場人物たちが出会ってしまうのは、そんな闇ハラを撒き散らす人物たちです。

自分の言っていることこそが正しい、だからおまえが間違っている。彼らは相手の事情や思想をまるで想像せず、一方的に考えを押し付けてきます。

逃げたくても逃げられない。距離を置きたくても向こうから近づいてくる。

何度も何度も闇ハラを受けた人々は、思考する余裕も冷静な判断力も失い、やがて壊されていく――。

誰の身に起こってもおかしくない、身の毛がよだつような体験が描かれており、爽やかな読後感とは無縁のお話でした。

最後まで気が抜けず、登場人物たちに向かって「そこから離れてほしい」と何度願ったことか。

澪たちが闇ハラの被害にあうのは、学校やマンション、職場といった生活圏内です。

簡単に逃げ出せないからこそ、恐ろしい。

ましてやネットが普及し、空間を飛び越えて人と人とが結びつけ合えるようになった今、ますます悪意から逃げる事は難しくなっています。

一度目をつけられたら最後、こちらが破滅するまでどこまでも追いかけてくる。

追い詰められた澪たちは――。

もし自分の生活圏内で出会ってしまったらと思うと、ゾッとします。

本書は連作短編に近い形がとられています。

以下に各章のあらすじと感想を載せていきます。

第1章:転校生

優等生のみおは困った人がいるとほうっておけない性格。優しくしたら好きになられるかもよ、と友人に忠告されるも、クラスから浮いている転校生のかなめを気遣い声をかける。しかし、要は澪に「今日、家に行っていい?」と問いかけてくるのだった。出会った初日に距離を異様な速度で詰めてくる要。澪は神原かんばら先輩に相談するも、「神原一太いったと仲良くしないでもらえますか」という警告が届き――。

最初の数ページから不穏な空気がだだ漏れでした。

クラスになじもうとしない転校生。

自己紹介のときから澪を見つめる不気味な目。

物語が進むにつれて、少しずつ歪んでいく様子がとにかく怖い。

あれ? という違和感から、まさかの展開に。

相手のためを思って言っていると見せかけ、ただ自分の考えを押しつけようとする姿にゾッとします。

術中にはまっていく澪の心理描写がリアル。

おかしいと思っても深みにはまっていってしまう過程が生々しかったです。

現実でも十分起こり得る出来事。

第2章:隣人

若手デザイナーが手がけた団地に引っ越してきた三木島莉津みきしまりつたち家族。莉津は息子の通う小学校のボランティア活動に参加するも、新参者ということで居心地の悪い思いをする。たまたま近くにいた一人に話しかけるが――。

団地の住人や、同じ小学校の保護者など、身近な人間の中に潜む闇が蠢きます。悪意とまでは言えないからこそ、タチが悪い。

実害はないけれども、少しずつ膨らんでいく違和感。

昔、同じマンションの住人に郵便受けの中を勝手に覗かれていたことを思い出しました。普通なら他人の郵便物を見ようなんて考えないはずであり、理解できない思考の持ち主を前にしたときに感じた恐怖が甦るようでした。こじれなかったからよかったものの、もしエスカレートしていたかと思うと……。

安全地帯であるはずの住居が脅かされていく不安に身がすくみます。

隣人は頼もしい存在になることもあれば、恐怖の対象にもなることを思い知らされました。

第3章:同僚

「そんなんで、よく前の職場でやれてましたね? いったい、どうやって仕事してたんですか?」鈴井すずいの勤める会社で起こるパワハラ。中途採用社員に対する課長の容赦ない罵倒に嫌気がさすも、改善の手立ては見つからない。そんなある日、鈴井は電車の中から、駅のホームに座る中途採用の社員を偶然見かけて――。

人格否定の言葉の数々に胸がきゅうっと締めつけられるよう。

実際に自分が言われたら泣き出してしまいそうです。

そして、ページをめくるごとに歪んでいく人間関係。

登場人物たちの考え方が少しずつ侵食されていく様子を見て、背筋が凍る思いでした。ここまで人は変わってしまうのかと……。

第4章:班長

草太そうたと同じ5年2組の虎之介とらのすけは、クラスの問題児だった。よく威張るしよく暴力を振るう。そんな彼をクラスメイトは誰も止められないでいた。ところが、クラスに転校生がやってきたことで、教室内の空気は一変する。決まりを守ように働きかける転校生だったが、その行動はやがて常軌を逸し始める。

転校生の名前を見た瞬間、ぞわっと全身が粟立ちました。

クラスの規律を乱す問題児に対し、「正しさ」を押しつけようとするクラスメイト。みんな良かれと思って行動しているからこそ、止められない。

クラスを包む狂気に慄きを隠せませんでした。

最終章:家族

大学生になった澪のもとを、意外な人物が訪ねてきた。行方不明になった友人を見つけるため、澪は行動を開始するが――。

物語の終着点。

  • 第2話のゆかりが口にした、女になってしまったという長男
  • 第1話と第3話、そして第4話で登場した同じ神原姓の人物たちの関係性
  • 第3話で中途採用社員のジンさんが「白石先生」と、要と同じ姓で呼ばれた理由

といった、いくつもの散りばめられた伏線が収束し、人々を狂わせるバケモノの正体が明らかになります。

澪と要が再生の一歩を踏み出すことができてほっとする一方、新たな闇ハラの脅威が描かれたラストにヒヤリとしました。

最後に

言葉と行動により、少しずつ平穏な日々を狂わされていく人々。

実際に身近で起こり得るからこそ、恐怖が倍増します。

同じ作者の『嚙みあわない会話と、ある過去について』とはまた違った人間の怖さが、これでもかというぐらい鮮明に綴られていました。

超常的な要素も見られましたが、なかったとしても十分ホラー。

みなさん、闇ハラにはどうかお気をつけください。

辻村深月先生の『嚙みあわない会話と、ある過去について』のレビューはこちら。


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