それはただの小説のはずだった。
担当作家から送られてきた未発表のホラー小説の原稿。
メールには、「原稿を読んで何か不可解なことが起きた場合は、速やかに私に報告するように」と奇妙な一文が添えられていた。
原稿を読み進めるうち、小説の中の怪異がなぜか現実にも現れ始め――。
阿泉来堂先生が描く、ホラー作家・那々木悠志郎シリーズ第3作。
本書『忌木のマジナイ 作家・那々木悠志郎、最初の事件』では、過去2作で読者に強烈な印象を残したホラー作家・那々木悠志郎の誕生の秘密に触れられます。
シリーズものですが、怪異自体は独立しており本作のみで完結するため、どの巻から読んでも問題ありません。
一作目から順に追うもよし、今作を読んで一作目に戻って読むのもよし。
過去作に負けず劣らず、凶悪な怪異と、予想を裏切る展開が待ち受けています。
ホラー小説好きの方にはおすすめの一冊!
- 出版社:株式会社KADOKAWA
- レーベル:角川ホラー文庫
- 刊行月:2021年12月
あらすじ
那々木悠志郎の担当編集となった久瀬古都美は、彼の怪異初体験を題材にした未発表原稿を読むことに。それは小学6年生の篠宮悟が、学校で噂の“崩れ顔の女”を呼び出してしまい、“呪いの木(忌木)の怪異”を調べる那々木悠志郎と共に怪異の真相に迫る物語だった。ところが原稿を読み進めるうちに古都美の前にも崩れ顔の女が現れ……。異端のホラー作家。那々木悠志郎の原点が描かれるシリーズ第3弾! 驚愕のラスト!
『忌木のマジナイ 作家・那々木悠志郎、最初の事件』裏表紙
主な登場人物
- 久瀬古都美(くぜことみ)……那々木悠志郎の担当編集者。すべてフィクションという那々木の小説の設定に疑念を抱いている。
- 那々木悠志郎(ななきゆうしろう)……ホラー作家。各地に足を運び、怪異譚を収集している。
- 篠宮悟(しのみやさとる)……小説の登場人物。小学6年生の男の子。両親が消え、親戚の家に預けられる。クラスメイトの挑発から逃れるため、“呪いの木の怪異”に触れてしまう
- 小野田奈緒(おのだなお)……小説の登場人物。篠宮悟のクラスメイト。母子家庭。
感想
怪異が導く衝撃の事実
物語は、文芸社に勤める久瀬古都美のもとに、担当するホラー作家・那々木悠志郎から未発表原稿が送られてくるところから動き出します。
その小説に登場するのは、『崩れ顔の女』と呼ばれる怪異。怪異譚を収集している那々木が初めて体験したというものです。
小説の主人公は篠宮悟。北海道のとある地方都市に引っ越してきた少年で、クラスからは浮いた存在でした。
あるとき、悟は『呪いの木』に現れる『崩れ顔の女』という怨霊の話を耳にします。『呪いの木』の下に、呪いたい相手の写真と自分の写真を埋めて『イサコオイズメラ』と3回まじないを唱える。すると、埋めた写真のもとに女の怨霊が現れるという。
女の顔はあまりにも恐ろしく、一度見たら2度と忘れることができないらしい。
幽霊なんかいないと断じていた悟でしたが、クラスメイトの挑発に乗る形で、まじないを実行してしまいます。
翌朝、悟は登校中、とある女性が救急車で運ばれる現場に偶然居合わせます。病院に搬送された女性の名前は、なんと悟がまじないを行った際に見つけた写真に写っていた女性と同じ名前でした。
最初は怨霊の話を信じていなかった悟でしたが、やがて悟の前に青い着物を着たずぶ濡れの女が現れるようになり――。
本作は、古都美を語り部とした現実パートと悟を主人公とした小説パートが交互に続きます。
古都美は当初、那々木の小説に共通する、自身の体験をベースにしたフィクションという設定に疑念を抱いていました。
ところが、原稿を読み進めるうちに古都美は違和感に気付くように。部屋には誰もいないはずなのに、どこからともなく声が聞こえてくる。
原稿の中の怪異と、現実世界での怪異。
ふたつの怪異は、思わぬ展開を経てひとつに繋がります。
なぜ小説の怪異が現実に起こるのか?
なぜ那々木は古都美を自分の担当編集者に選んだのか?
なぜ古都美の前に怪異が現れるのか?
謎が謎を呼び、読者の興味をつかんで離しません。
作中に張り巡らされたいくつもの伏線が回収された先に待ち受ける事実には、きっと誰もが驚かされるはずです。
過去の那々木悠志郎シリーズを読みどんでん返しを予想していた読者も、だまされるに違いありません。もちろん、張り巡らされた伏線を注意深く読み解いていけば、自力で真実にたどり着くことも可能です。
3作目でありながらさらに切れ味を増すトリックの鋭さには、感嘆するばかりです。
最恐の怪異にどう立ち向かう?
ホラー小説の要と言っていいのが、登場する怪異です。恐ろしければ恐ろしいほど、読者の恐怖は駆り立てられます。
しかし、ただ怖いだけでは小説としては物足りません。オチが必要となる以上、怪異とは何らかの決着をつけなくてはならない。
今作に登場する『崩れ顔の女』は、かなりのインパクトのある怪異です。
一度目にしてしまったら、2度と忘れることができないほどの恐ろしい顔をしているという女の怨霊。
生きている限り、見た者は常に女の顔に脅かされることになる。その恐怖に耐えられるはずがなく、怪異に触れた者の心身は壊れ、やがて自ら命を絶つことを選択してしまう。
想像するだけで身がすくみそうになります。
そんな怪異にいったいどう立ち向かえばいいのか? 本当に逃れることはできるのか?
人間の予想をことごとく上回ってくる怪異との、壮絶な攻防。小説なんだから結局主人公は助かるでしょ、と思いつつも、ハラハラドキドキは止まらない。
ヒリヒリとした緊張感が漂う展開にすっかり引き込まれました。
最後に
蠢く人間の悪意、恐怖をまき散らす怪異、そして周到に練られた物語。描写も構成も非常に巧い。
ホラーとしての怖さとミステリとしてのどんでん返しを併せ持ち、「もうだまされないぞ」と身構えていても驚かされてしまいます。
まるでカウントダウンのように怪異が目に見える形でひたひたと近づいてくるシーンを読んだときは、思わず背後を振り返ってしまいました。
コミカライズも配信が開始され、那々木悠志郎シリーズの快進撃はとどまることを知りません。次はどんな怪異が待ち受けているのか。いまから楽しみです。
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