『だから私は、明日のきみを描く』汐見夏衛(著)感想

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書評

高校を舞台にした、汐見夏衛先生が描く恋愛小説です。

ナナカワ先生の優しい色合いのカバーイラストも素敵。柔らかいタッチを見ていると、ノスタルジックな気持ちになります。

主人公・遠子の成長の軌跡や、彼方の遠子を気遣う優しさに触れることで、爽やかな読後感をえられました。

本作は、『夜が明けたら、いちばんに君に会いにいく』のスピンオフ作品です。同じ高校を舞台にしているだけで、物語はこの一冊で完結しているため、前作を読んでいなくてもまったく問題ありません。ところどころで、前作に登場した人物がちらっと顔を出すぐらいです。

あらすじ

――なんてきれいに空を跳ぶんだろう。高1の遠子は、陸上部の彼方を見た瞬間、恋に落ちてしまう。けれど彼は、親友・遥の片思いの相手だった…。人付き合いが苦手な遠子にとって、遥は誰よりも大事な友達。誰にも告げぬままひっそりと彼への恋心を封印する。しかし偶然、彼方と席が隣になり仲良くなったのをきっかけに、遥との友情にヒビが入ってしまう。我慢するほど溢れていく彼方への想いは止まらなくて…。

『だから私は、明日のきみを描く』

主な登場人物

  • 望月遠子……主人公。高校一年生。美術部。かつて遥に助けてもらったことがある。それ以来、遥のことを大切に思う。今回、遥と同じ人を好きになってしまう。
  • 羽鳥彼方……陸上部で高跳びに打ち込んでいる。爽やか少年。
  • 広瀬遥……遠子の親友。以前、彼方に助けられたことから、彼方のことが好きになる。
  • 岩下香奈……遥の友人。遥の恋を後押しする。
  • 菜々美……遥の友人。遥の恋が実るよう応援する。

感想

大切な友人が好きな人を、自分も好きになってしまった

この作品で描かれるのは、親友と好きな人との間で揺れる、主人公・遠子の複雑な心の動きです。

恋に落ちた相手が親友の片想いの相手だったことに気づいた遠子は、自分の気持ちをなかったことにしようとします。

ところが、そんな彼女の思いとは裏腹に、恋に落ちた相手・彼方と数学のクラスが隣同士になってしまう。さらに、ひょんなことから挨拶だけでなく言葉を交わすように。

夏休みに入ると、美術室で絵を描く遠子のもとに、彼方が訪れるようになります。

スケッチブックに彼方の跳ぶ姿を何度も描いてしまうほど、遠子の彼方への気持ちは止まりません。だけど、想いが強くなればなるほど、親友・遥への後ろめたさは大きくなるばかり。

友人を裏切りたくないという気持ちと、好きな人への恋心の間で板挟みになる遠子の様子は、見ていてつらいものがありました。

好きな気持ちって、頭で考えてどうこうできるものじゃないですよね。理性では止められない。だからこそ、苦しい。

好きになったことを親友に隠しながら生活することで、日々増していく息苦しさ。

おまけに遥の友人二人からは、遥の恋が成就するのを応援するようプレッシャーをかけられる始末。

このあたりはもう駆け引きというレベルですね。学校っていう閉じられた空間だからこそ、残酷な選択を迫られる。社会の縮図とはよくいったものです。

遥にはきっといつか遠子の想いがバレてしまうんだろうなと思いながらも、いつバレるのか、バレたあとに遠子や遥、彼方の関係はどうなってしまうのか、ずっと先が気になりっぱなしでした。友情と愛情のどちらをとるか、どちらも失うことがない方法はあるのか。

リアルな高校の風景

描写がとても丁寧で、物語を読みながら、この気持ちわかるわかるって何度も頷いてました。

物語序盤、数学の授業で、いきなり先生に当てられて遠子が返答に詰まるというシーンがあります。先生の苛立ちや、早く答えろよというまわりのクラスメイトからの無言の圧力みたいなのを感じて、さらに焦るという悪循環。

このあたりの描写が非常にリアルです。たぶん、多くの人が経験あるんじゃないかなと思います。自分も高校時代の様子がよみがえり、懐かしい気持ちになりました。

そんな遠子に救いの手を差し伸べてくれたのが、彼方です。

針のむしろにいるようなつらさから救い出してくれた彼方を、ますます好きになってしまう遠子の気持ちもわかる気がします。授業中のぴりついた空気の中、堂々と発言できる彼方がすごい。

彼方と図らずも交流の機会を増やしていく遠子。

夏休みに美術室で繰り広げられる二人のやり取りなんかは、甘酸っぱい青春の雰囲気に満ちています。

冗談を言って遠子をからかう彼方と、顔を赤くしてあたふたする遠子の姿は、読んでいて微笑ましい。

そんな砂糖のような甘いシーンがある一方、遥たちに真相を見抜かれるのではないかという遠子の不安が、物語に暗い影を落とします。幸せと不安がシーソーのようにぐらぐらと揺れるさまは、読んでいるこっちもハラハラしました。

ひとりぼっちになりたくない

彼方を中心とした人間関係だけではなく、遥の友人である香奈と菜々美との関係も見応えがあります。

友人の友人が、自分と相性がいいとは限りません。香奈と菜々美は遥の友人ですが、遠子とはあまり関係性がよくありません。

クラスの中心グループに自分みたいな地味な女子が紛れていることに、遠子はいつも後ろめたさを感じていました。それでも離れられないのは、ひとりぼっちになりたくないからです。

馬が合わなければ距離を置けばいい、なんて簡単な話ではありません。

人間関係って難しすぎる……!

本編のその後が描かれた番外編

文庫には番外編が収録されています。こちらは彼方視点で物語が進みます。遠子に対する彼方の想いが読み取れて、にまにまが止まらなかったです。

ちなみにこの番外編では、1巻と3巻の主要人物がちょろっとそれぞれ登場します。

印象に残った文

「謝るって、難しいよな。ただやみくもに『ごめんなさい』って言ったって、相手の心に響くとは限らないし」

『 だから私は、明日のきみを描く 』 223頁

恋人というのは、誰にも、もしかしたら家族にさえも見せない顔を、唯一見せられる相手なんだと思う。

『だから私は、明日のきみを描く 278頁

最後に

遠子の心情が赤裸々に綴られた物語でした。彼方への想いが溢れているシーンは、ちょっと読み手のほうまで恥ずかしくなるぐらい。

後ろ向きな遠子の姿勢に、たまにもどかしさを感じることもありましたが、そういえば自分も高校生のときはこんな感じだったかもしれない、とあとあと思い直しました。

大人になってしまった現在、高校生活も過ぎ去った出来事のひとつです。当事者だったときとは、感じ方も変わってしまったのだと思い知らされます。

高校生にとって、恋愛は大きな悩みのひとつでしょう。恋に悩んだとき、人間関係に悩んだとき、どんなふうに行動すればいいか。その答えの一つを教えてくれる物語でした

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