錬金術師が三重の扉に守られた密室で殺されるという、驚天動地のミステリ小説。
作者は紺野天龍先生です。
錬金術師、不老不死、ホムンクルス――これだけで心くすぐられる内容ですが、さらに密室というミステリではお馴染みの要素が加わり、期待度MAXで読み始めました。
肝心の本編はどうかというと、期待を裏切らない、むしろ超えてくる内容です。
ファンタジーとミステリが鮮やかに組み合わさった本書は、とにかくトリックがすごい! 語彙力を失うぐらいの衝撃。これまで読んだミステリ小説の中でもずば抜けて意外性にあふれています。
いつの間にかすっかり物語の魅力に取り込まれていました。
めちゃくちゃ面白かったです。
ミステリ好きの人にはぜひ読んでほしい!
あらすじ
アスタルト王国軍務省錬金術対策室室長にして自らも錬金術師のテレサ・パラケルススと青年軍人エミリアは、水上蒸気都市トリスメギストスへ赴いた。大企業メルクリウス擁する錬金術師フェルディナント三世が不老不死を実現し、その神秘公開式が開かれるというのだ。だが式前夜、三世の死体が三重密室で発見され……世界最高の錬金術師はなぜ、いかにして死んだのか? 鮮やかな論理が冴え渡るファンタジー×ミステリ長編
『錬金術師の密室』裏表紙
主な登場人物
- エミリア・シュヴァルツデルフィーネ……軍務省情報局所属の青年。軍学校では優秀な成績を収めたが、とある理由により僻地へ飛ばされた。錬金術師を毛嫌いしている
- テレサ・パラケルスス……軍務省情報局戦略作戦部国家安全錬金術対策室――通称《アルカヘスト》の室長。人目を惹く容貌を持つ女性。
- フェルディナント三世……大企業メルクリウスの顧問を務めている錬金術師。七つの神秘のうち、世界で初めて《第四神秘》の実現に成功したとされる
- アルラウネ……フェルディナント三世が生み出したホムンクルス
感想
天才にしか解くことのできない密室の謎
本書における最大の謎は、錬金術師フェルディナント三世が殺された部屋が三重の密室だったという点です。
黒、白、赤の三つの扉によって閉ざされた部屋。さらに白の扉の前には警備兵が二名常駐しており、ネズミ一匹入り込める状況ではありません。
しかも殺されたのは、常人とは比べ物にならないほど強大な力を持つ錬金術師。
いかにして犯人は部屋へ侵入し、犯行を行い、そして煙のように消え失せたのか。ミステリ好きにはたまらない謎です。
錬金術という特殊設定があるゆえ、通常のミステリで求められる以上の発想力、閃きが必要になってくる作品。ヒントとなる手がかりは作中に示されていますが、常識という枠組みを取っ払わない限り、真相を見破るのは困難でしょう。
探偵役を務めるテレサの推理には推測に頼る部分も見受けられましたが、そんなことよりも、とにかく想像のはるか上をいく真相にただただ驚かされました。
錬金術をこれでもかというぐらいに利用し尽くした驚天動地のトリックに、思わず言葉を失います。
いやもう、とにかくすごい……! それしか言えん。
独自の設定を用いた特殊設定ミステリは、そのルールを正しく読者に伝えることが重要になってきます。もしルールが正しく伝えられなければ、そもそもミステリとして欠陥を抱えることになってしまいますから。
本書の錬金術の設定及び推理過程は理路整然としており、内容がすんなり頭に入ってきました。
作者の奇抜な発想と巧みな文章に目を見張るばかりです。
魅力的なキャラクター、魅力的な世界観
実直に職務にあたりながらときには大胆な行動をとる青年・エミリア。
世界に7人しかいない錬金術師の1人であり傲岸不遜な女性・テレサ。
この二人を中心に物語は進みます。
テレサの超・上から目線の態度には思わず笑っちゃいました。ここまで偉そうだと逆に清々しさすら感じますね。書き方を間違えると嫌なヤツになりそうですが、テレサはむしろ可愛く思えてきてしまう。
下々の凡骨は、常に偉大なる我が意志を尊重するのが務めであろう
『錬金術師の密室』 29頁
テレサに対するエミリアの雑な扱いも好き。仲が良いのか悪いのか。
最初は反目し合っていた2人が、事件に関わるうちに関係を変化させていく様子は必見です。
物語には、ほかにも様々な登場人物が登場します。皆、腹に一物抱える者ばかりで、事件に乗じて暗躍する様を見るにつき、この先どうなるんだろうと非常に興味を掻き立てられました。
王国上層部の陰謀も絡み合い、ストーリーにさらなる深みが出ています。
キャラクターたちもさることながら、物語の舞台となる世界観もまた素晴らしい。
錬金術により栄えたアスタルト王国。ほかにも、神聖軍事帝国バアル、海上移動共和国ヤム、宗教国家シャプシュが存在しており、世界の広さを感じられます。
賢者の石やホムンクルスなど聴き慣れた単語も登場。
このような用語を見ると、なんだか無性にワクワクするのは自分だけでしょうか……?
なお、本書はファンタジー世界が舞台ですが、魔法がばんばん飛び交うこともなければ、ドラゴンなどの幻獣が登場することもありません。基本的には、錬金術および下位互換の変成術と呼ばれる力のみが登場します。蒸気が重要な動力源となっており、どちらかというとスチームパンクに近い感じでしょうか。
とはいえ、卑金属を貴金属に変えたり、新たな魂を錬成して人造人間を生み出したりしているわけで、錬金術だけでも十分ファンタジーと言えますが。
最後に
序盤の世界観の把握がいささか難儀でしたが、その後はテンポ良く物語が進んでいき、気がついたら読み終えてしまっていました。
記憶を消してもう一度この衝撃を味わってみたい、そう思わせてくれる一冊です。
エミリアとテレサの今後の活躍にも期待が高まります。
紺野先生が描く、『シンデレラ城の殺人』もおすすめです。こちらは「童話×ミステリ」。
コメント