『嚙みあわない会話と、ある過去について』辻村深月(著)感想

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書評

久しぶりの辻村深月つじむらみづき先生の本。

本作は『かがみの孤城』で2018年本屋大賞受賞後の第1作目に当たります。

作者買いした作品だったので、内容については事前情報なしのまま読み始めました。

下手なホラーよりも背筋が凍りつくようなストーリー。何度もゾッとしました。

辻村先生の過去作同様、本書でも、傷つき痛みを抱えた人たちが丁寧に描かれ、読み手の心を深く抉ってきます。

久しぶりに再会した相手との会話。しかし、自分の記憶に残っている相手とはまるで違う。

嚙み合わない会話がもたらす残酷な真実。

胸が苦しくなりながらも、最後まで読むことをやめられませんでした。

4話からなる短編集です。

あらすじ

大学の部活で仲のよかった男友達のナベちゃんが結婚するという。だが、紹介された婚約者はどこかズレていて――(「ナベちゃんのヨメ」)。国民的アイドルになったかつての教え子がやってくる。小学校教諭の美穂みほは、ある特別な思い出を胸に再会を喜ぶが……(「パッとしない子」)。人の心裏を鋭くあばく傑作短編集!

『嚙みあわない会話と、ある過去について』裏表紙

感想

過去からの復讐

自分は小学生時代、引っ込み思案で極度の運動音痴でした。鉄棒を前にしたまま動けずにいたとき、先生が呆れたように大きくため息をついたことを、いまでもおぼえています。私はそのとき大きなショックを受けましたが、たぶん、先生は忘れているでしょう。

人は誰しもが無自覚に相手を傷つけ、そして相手に傷つけられています。

かつて何気なく放った言葉やとった行動が、数十年の時を経て最悪の形で返ってくる恐ろしさに、思わず悲鳴が漏れそうになりました。

自分が何気ない一言や行動に傷つけられたように、自分の何気ない一言や行動が過去に相手を傷つけていたかもしれない。そう思うと、胸に痛みが走ります。確認のしようがないからこそ、非常に居心地が悪い。

いままで見て見ぬふりをしていた事実を、容赦なく突きつけられた気分です。

他人事ではないからこそ、鳥肌が立つ思いでした。

人と人との血の通ったコミュニケーションをとる、そのことを忘れないようにしたい。

人を傷つけないでいることは難しい

人の言葉をいちいち覚えていて、勝手に傷つくのはやめてほしい。こっちはそんなに深く考えていないのに、繊細すぎる。

『嚙みあわない会話と、ある過去について』 83頁

言葉や行動の印象は、相手の受け取り方に大きく左右されます。

同じ思いで同じ言葉を2人の人間に投げかけたとしても、1人はなんとも感じないのに、もう1人は傷つけられたと思うかもしれません。

極端な例かもしれませんが、たとえば「勉強できてすごいね」という言葉。

褒められてると感じる人が大多数かと思いますが、中には皮肉を言われてると反感を持つ人もいるでしょう。後者の場合、発言者がそんなつもりで言ったわけではないと言ったところで意味はありません。受け手にとっては、皮肉を言われたというのが真実なのですから。

一度傷つけられたばかりに相手のことを憎み、それ以降、相手の言動をすべて曲解して受け止めるようになった、なんていうことも考えられます。

記憶は常に主観が入り混じり、真実なんてものは誰にもわかりません。

言葉による傷は暴力による傷とは違い、周囲の人間が客観的に推し量ることは不可能です。傷ついた本人にしか、その深さや痛みはわからない。

人間関係の難しさを思い知らされます。

他人を傷つけることをゼロにはできない。では、自分はいったいどうすればいいのか。

本書を読みながら、何度も考えさせられました。

以下、各話のあらすじと感想(ネタバレ有)を載せていきます。

第1話:ナベちゃんのヨメ

ナベちゃんの嫁がヤバいらしい――。大学の部活で仲のよかったナベちゃんから届いたメールには、不可解なお願いが書かれていた。その上から目線の内容に、かつての部活仲間は憤慨する。実際に婚約者と会って雰囲気を確かめようとするも、そこでさらに理不尽なお願いをされ――。

ナベちゃんからのメールを読んで眉をひそめ、結婚式の出し物くだりを読んで、やはり上から目線すぎるという悪い印象は拭えませんでした。

しかし、ナベちゃんのコーラス部時代の立ち位置、そして婚約者とコーラス部のメンバーとの違いが明らかになったとき、少しだけ違和感が軽減されたように感じました。

――あの子はナベちゃんの望むものをくれるんだよ。

『嚙みあわない会話と、ある過去について』 40頁

嚙みあわないからと匙を投げず、ナベちゃんの心の内を想像する「私」の姿勢に、思わずハッとさせられました。

たとえ会話が嚙みあわなくても、食い違いの裏にある背景を想像することはできる。

そんな大事なことに気づかせてくれる物語でした。

第2話:パッとしない子

国民的アイドル「銘zeメイズ」の高輪佑たかなわたすくが、テレビ番組の撮影のため母校の小学校にやってきた。教諭の美穂は、13年ぶりに佑と再会を果たす。撮影終了後、佑から話したいことがあると言われた美穂だったが――。

再会を機に昔話に花を咲かせるのかと思いきや、佑の口から出たのは予想外の言葉。

事前情報なしに読んだからこそ、受けた衝撃は計り知れませんでした。

もし、美穂と佑の関係が小学校時代だけで終わっていれば、ここまで憎悪の炎を燃え上がらせることはなかったのではないでしょうか。

美穂がことあるたびに自分のことを知っていると言いふらしていたからこそ、かつて受けた傷が深まり、苛烈な復讐をせずにはいられなかったのだと思います。

第4話と並んでかなり重い話。

最後に、美穂と佑との間で記憶が食い違った入場門のくだりについて。

真相は藪の中ですが、もしかしたら、美穂を恨んでいる佑が事実を認めるのが許せなくて、なかったことにしようとしたのかもしれませんね。

第3話:ママ・はは

同じ小学校教師で仲のよかったスミちゃんが引っ越しをすることになった。手伝いの途中、成人式の写真を見つける。写っていたのは、藤色の着物を着た亜美。だが、スミちゃんはその着物を着た覚えがないという。そして彼女は、着物と母親にまつわる奇妙な話を語り出した。

世にも奇妙な物語。

スミちゃんの考える、子育ての正解が興味深い。

「じゃ、どんなことが正解なの?」
「成長した子どもが、大人になってから親の子育てを肯定できるかどうか」

『嚙みあわない会話と、ある過去について』 112頁

子どもも親も同じ一人の人間です。

子どもを対等に扱わず抑圧をしていれば、やがて親と子どもが嚙みあわなくなるのは当然でしょう。

物語に登場するスミちゃんの母親がなかなか強烈。毒親と言うのでしょうか。根は悪い人ではないんだろうけれど、自分の思う「いい子」になってほしいという思いが暴走し、子どもから自由を奪ってしまう。しかも無自覚に。

着物のエピソードは特に唖然としました。本人はよかれと思ってやっているから、余計にたちが悪い。

終盤はファンタジーというよりもホラー。

収録された中でも異色の物語でした。

第4話:早穂とゆかり

情報誌のライター早穂は、カリスマ塾経営者の日比野ゆかりを取材することに。ゆかりは早穂の小学校の同級生だった。迎えた取材当日。塾を訪ねた早穂だったが、そこで待ち受けていたのは、予想だにしない展開だった 。

スクールカースト上位者によって不遇な小学校時代を送った少女が、長い年月を経て復讐を果たす物語。

早穂がゆかりの取材申込の際に書いた、「これを書くと嫌がられてしまうかもしれませんが」という文章が引き起こす惨劇。

淡々と、しかし明確な敵意を持ってゆかりの口から放たれる言葉の数々に、自分のことではないのに心臓が鷲掴みにされたような気分でした。

相手に嫌われているという自覚がありながら謝罪しなかった早穂のことを自業自得だと思う一方、苛烈すぎるゆかりの報復に爽快さは感じられず……。

それだけゆかりは小学校のときに痛みを負ったのだと思うと、やりすぎだと言うのも違う気がして。

第2話では無自覚な言動が焦点となりましたが、第4話では相手に嫌われているかもしれないという自覚が「言った側」にあるぶん、第2話とはまた少し様子が異なっています。

最後に

無自覚に人を傷つけた人間と、傷つけられた人間との嚙みあわない会話が克明に描かれた作品でした。

タイトルからは想像もつかないほどダークな内容。

追求される側の視点だったからこそ、余計に怖かったのかもしれません。

グサグサ心を刺されますし読みきるには体力が必要ですが、人とコミュニケーションを取る上で大事なことを改めて突きつけてくれる一冊です。

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